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ヘルシンキなう。
今日からバカンスを貰ってバルト三国旅行中です。
ヘルシンキで乗り換えを待っています。

移動は苦手だな〜。
早く着かないかな〜。
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by oyabing2002 | 2011-05-31 22:21 | バルトの旅
アウトロー
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5月25日
市庁舎でカルトセゾニエの申請をしてきた。
カルトセゾニエというのは季節労働者の為の割引パスで、
いろいろな割引があるらしい。
金曜日にできるとの事なので、来週月曜日の定休日にはみんなで
ロープウェイで山頂まで行く事にした。
半額くらいになるそうなので、嬉しい。

ところで、毎日チップを皆で分けるのだけれど
一日500円〜1000円近くになる。
寮なので家賃はかからないし(しかも広くて快適)
一日2食の賄いは量も質も文句なしだし
ショッピングするようなお店もほとんどないので
生活はチップで賄えてしまう。
という訳で給料は全額貯金。
なんて豊かな生活なんだろう!

しかし季節労働者でチップ生活者か・・・。

文字にすると完璧にアウトローだ。



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by oyabing2002 | 2011-05-26 23:34 | フランスの日々chamonix
ハイパーカメレオン
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5月23日午後
昼前に起きて、近くの湖(池?)へ散歩に行き
帰ってブログの更新やネットで色んな用事を済ませていたら
あっという間に夜の9時をまわっていた。
明るいので時間の感覚がめちゃくちゃ。
少しお腹がすいたのでパスタを茹でながら
UAの『この坂道の途中で』を聴いていたら
キッチンの窓から見える雪山が赤く染まっていた。
この時間に家にいる事が初めてだったので、今までは見る事がなかった。


視界にはいつも山がそびえていて
空が狭い。
朝起きたら鎧戸を開けて眩しい程真っ白な山を仰ぎ
夕方にはとっくに日の当たらなくなった下界から
赤富士ならぬ赤モンブランを仰ぐ。
4000mの高さを実感する瞬間。
あの山の上からはまだ太陽が見えているのだ。
夕焼けに染まる部分は、だんだん上の方だけになってゆく。
きっと一番最後まで赤いところが、一番高い所なのだろう。
それを、最後まで見ていられる事。
こういうことなのだ、麓に暮らすというのは。

サッシが邪魔だったので窓を開け、椅子を窓際に寄せてパスタを食べた。

こんな風景の前でなぜかウジウジした曲が聴きたくなり
レディオヘッドのcreepとピロウズのストレンジカメレオンを流す。
creepは全然響かなかったけれど、ストレンジカメレオンはしっくりときた。

時々、自分はダレだ?と思う程、私の印象は人によって違うらしい。
すごく気難しくて、一人でいるのが好きで、でも
人と話すのも好きで、受け入れられない事はほとんどない。

私はストレンジだけれどハイパーなカメレオンかもしれない。

こんな雄大な風景と向かい合って
そんなちっぽけなことを考えた。



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by oyabing2002 | 2011-05-25 21:24 | フランスの日々chamonix
休日の朝

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5月23日
毎朝、雪山を眺めながら街のメイン通りを仕事に向かう。
飲食業はNZ時代のお寿司屋さん以来だけれど
接客も肉体労働も意外と好きなので楽しい。
ただ、自分の時間がなかなかとれない。

今日はやっと巡って来た初めてのお休み。
正直、街の可愛さにはもう目新しいものを感じなくなっていた。
アパートの窓から見える氷河や真っ白な頂は、
食べる事のできないお菓子みたいに、目を背けたい時すらある。


こんな小さな街なのに、不動産はパリに迫るほど高いと聞いた。
夏も冬も世界中から多くの観光客が訪れる。
この街の魅力って何だろう?と最近考えていたけれど
今朝やっとそれがピンと来た。

窓を開ければそれだけで幸せを感じる事のできる風景がひろがっている。
それを好きなだけ味わう事ができないから
私は目を背けたり、飽きたと感じたりしていただけだった。
(真っ白い雪山が眩し過ぎるというのもあるけれど)

いつもと同じ風景。
いつもは見えないものが見える。
見えなかったのは、ここにそれがなかったからではなく
ここにあるものが見えない私だったから。


昨日の夜、職場の仲間達と一杯飲んで帰りながら(私はアルコール抜き)
空を見上げると、いつもよりも星がたくさん見えた。
部屋の窓を開け三脚にセットしたカメラを空に向けてみた。

私のコンデジでは3分までしかシャッターを開いていられなかったので
露出が足りない。

残念。


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by oyabing2002 | 2011-05-24 01:27 | フランスの日々chamonix
引越再び
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5月17日
引っ越し。
朝、アパートのみんなに見送られ出発。
スーツケースを運んでくれたJさんに、荷物の多さを心配される。
50キロ近い荷物を抱え、列車とバスを乗り継ぎ、アルプスへ向かう。
メトロの階段を上り下りする自信がなかったので、
バスでGare de Lyon(パリ、リヨン駅)へ。

なだらかな畑が車窓に流れて行く。
雲が低い。

さっきまで、パリを離れる事を寂しく思っていたのに
もう次の風景にワクワクしている。

白い牛が牧草地で休んでいる。

小さな池がいくつもある。

遠くに白い峰が見えて来た。


空の青さが、心なしかパリとは違う。
パリの空は晴れやかなブルーだった。

少し紺色が溶けたような空。

知っている人の全くいない土地。
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by oyabing2002 | 2011-05-19 23:31 | フランスの日々chamonix
禁酒宣言
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5月16日
パリで最後のランチに少し奮発してリピュブリックの
『アスティエ』に出かけた。
ちゃんとしたレストランに入るのは今回の旅では初めて。
メインとデザートのランチセットで20.5ユーロ。
このレベルのお店にしては安い方だと思う。
豚ブロックのメインは日本の角煮のさっぱりしたヴァージョン。
デザートはババというスポンジ状のお菓子で、リキュール(ラム酒?)
をたっぷりとかけてヒタヒタにして食べる。
どちらもすごく美味しくて、来て良かったと思った。
ただ、アルコールに弱い私は、デザートを食べきれず
それどころか夕方には酔いが回って寝込んでしまった。
あんなに強いアルコールを口にしたのは初めてだった。
やっぱり、アルコールにはもう手を出さないでおこう。

やっと回復の兆しが見えた夜9時頃、上の階に住んでいる
日本人女性の部屋を見せてもらった。
秋帰って来たら、入る予定の部屋だ。
四畳半程の本当に小さな部屋にキッチンとシャワーが備え付けられていて
天井は途中から低くなっている。
窓は天窓が一つの典型的な屋根裏部屋。
病み上がり(?)のくせに部屋の可愛らしさにテンションが上がり
私のフラットメイトや隣の部屋の女性も合流してみんなで話しながら
カフェオレボウルで水を飲む。
うん、やっぱり水が一番美味しい。

上の階からはエッフェル塔が見えるんだよ、という噂を聞いていたので
「今何時だろう?」と窓の外を見ると、丁度10時でライトアップの最中だった。
さすがに10時ともなると大分暗いからイルミネーションが映える。

次は秋かあ。

どんな日々が待っているんだろう。



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by oyabing2002 | 2011-05-18 23:48 | フランスの日々paris
後悔
原発事故の直後、実家の九州に帰ったらしい、という人の噂を聞いた。
直接の知り合いではないけれど一人、二人ではなかった。
自分も仕事を辞めて帰りたいという友人に、私は
「チェルノブイリ級の事故が起こっても、東京まで被害は及ばないでしょう。
 今はみんなが恐い思いをしているけど、投げ出して帰ったらパニックになるから
 もう少し冷静に考えよう」と言った。
それでもしきりに帰りたいという彼に私は辟易した。
「自分だけ助かればいいの?そんなに恐い?」

政府や東電が信頼できるかどうかは別として
日本の将来の為にできるだけ日々を冷静に過ごす事が大切だと信じていた。
恐いけど、勇気を出して、信じた。
簡単に右に倣えしたわけじゃない。
(日本人の気質上、そういった人も少なくはないけれど)

混乱を避ける為の情報操作はあるにしろ
ここまでの事態が起こっている事を隠すことはできないと思っていた。
IAEAもこの状況での隠蔽を許す訳がないと、勝手に信頼していた。
「日本政府にとっては隠蔽したい事が起こったとしても、IAEAにとっては日本の国益や政府の事情よりも原子力の信頼を失墜させるような事態を避けたいはず。だから最悪の事態がもし起こったとして、それを公表するかしないかと言ったら、もちろん公表するでしょう。隠蔽した事が後で発覚したら、それこそIAEAに対する不信や反発が起こる。」

だから、私は信じる、と言った。
もし、メルトダウン、放射性物質の漏洩が起こっても、東京に居ると。
でも後悔している。
自分の責任に置いて、信じると決めた事に対してではない。
(フランスに来る『用事』がなければ、今でも東京で働いているはずだ)


彼の判断に、彼とその妻の未来に、私が何らかの影響を与えたかもしれない事に対して。
彼を無知で弱虫だと思った事に対して。
それを含ませた言葉を彼に浴びせた事に対して。
彼は、守りたいものがあっただけなのに。

IAEAはメルトダウン後の格納容器損失の公表が遅れた事に対し触れていないそうだ。
『触れない』
その手があったか。

10年経っても、やはり私は甘いままだ。
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by oyabing2002 | 2011-05-16 17:15 | 日々
Auvers-sur-Oise
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5月12日
パリを離れる日が近付いているので、今のうちにと
昔からどうしても行きたかった、オーベル・シュル・オワーズに行く事にした。
最近あるブログで見て、やはりとても行きたくなったので。

私がフランスを旅し始めたのは四年前。
キッカケとなったのは、サッカーフランス代表への熱い熱い想いと(笑って下さい)
フランスの田舎にあるシャンブルドットを訪れたいという想い、
そして、ゴッホの描いた風景を見たいと言う想いだった。

オーベル・シュル・オワーズは、そのゴッホ終焉の地。
最晩年の僅か2ヶ月程の滞在中に、70枚にのぼる作品を残している。
あの『オーベルの教会』や『黒い鳥の飛ぶ麦畑』などの傑作群だ。

パリ北駅から僅か1時間程の列車旅なので、のんびりと午後から出かけた。
到着した駅は、悲しい程鮮やかで明るい壁画で覆われていた。
ゴッホの自殺した地、としての暗いイメージを払拭したいのかな?
とも一瞬思ったが、おそらくは余計な詮索。
そんな心配は無用な程、明るい日差しの降り注ぐ、穏やかで美しい街だった。

壁にバラの這う古い家の前を通り、サクランボの実る木の下を抜け
人懐っこい猫の写真を撮りながら進むと、すぐに教会に出た。
子供達が遠足に来ていて、みんなでゴッホに習って絵を描いていた。

教会の中はシンとして、おじいさんが一人いるだけだった。
パリや大きな街にあるような、目も眩む程豪華な教会ではない。
私は宗教に明るい訳ではないので、あくまで素人の感想として言わせてもらうと
それらの教会は神に捧げる為にあるような気がする。
オーベルのそれは、どっしりとして質素で暗く
地元の人々の為にあるような教会だった。

一番後ろの席に座り見上げると、丁度真上にあるステンドグラスから
日の光が差し込んでいた。
ぼーっと見上げながらふと、自分が幻か何かを見ているのかと思った。
ステンドグラスから日が差し込んだ空中に、
鮮やかなガラスの影が映って浮かんでいたのだ。
何かの見間違いか、それともキリスト教によくある奇跡のたぐいの話か。
目を凝らしたり、立ち上がって角度を変えたりして見ると
どうやらクモの巣にガラスの影が映されているようだという事が分かった。
なあんだ、と座り直しながら、一瞬、奇跡か?なんて思った自分が可笑しく
またその発想が出た事自体が、私をリラックスさせた。
パリで
奇跡か?なんて考えながら上を見上げていたら、バッグをひったくられるか
車に轢かれているだろう。

教会わきの小道を上がると、一面の麦畑だった。
絶対にこの道をゴッホも行ったはず。見逃す訳がない。
風の吹くままに波打つ青い麦の穂にまぎれ
時々、間違えたように真っ赤なポピーが咲いている。

開放感に溢れる風景の中に、その看板は立っていた。
ここが『黒い鳥の飛ぶ麦畑』の描かれた場所だったのだ。

こんな美しい場所で、この絵は描かれたのか。
それはちょっとしたショックでもあった。

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by oyabing2002 | 2011-05-13 18:52 | フランスの日々paris
夜の広場
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5月10日
19時半からバスティーユ広場で無料のライブがあるというので出かけて行った。
広場が巨大なディスコティック状態。約5万人。

飲めない、ノレない、聞こえない(会話が)理由から
普段はクラブとか全然行かないけれど、とても楽しかった。

浮浪者も酔っぱらいも、オシャレで可愛い女の子達も帰宅途中のおじさんおばさんも
続々集まって来て好き勝手に踊っている。
日本でフェスや野外ライブというと、ある程度より下の年代か
音楽好き、イベント好きの為のものという感じがする。
しかしここでは(ブティックにも言える事だけれど)年代や趣味の差がない。

私には分からないが、結構ビッグらしい人達も登場したりして盛り上がっていた。
道ばたで踊りまくっていた三歳くらいの子供にギャラリーが集まっていた。
黒人の女の子で、とっても可愛い。
ギャラリーにノセられて、さらに激しくステップを踏む。
喝采が起こる。

しばらくするとその女の子がキャラメルをくれた。
あっという間に溶けてなくなる、雑な味のキャラメルだったけれど
心の底から「メルシーボクー」という言葉が出た。

こういう夜が好きだなあ。
フランスのこういう所が好きだなあ。
冷たくなってきた風にあたりながら思った。

もう23時を過ぎていたのでメトロの入り口に向かって歩きながら
ふと振り向くと、すぐ近くに若い男がいて目が合うと方向を変えて行ってしまった。
スリかひったくりだったのかもしれない。



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by oyabing2002 | 2011-05-13 05:09 | フランスの日々paris
トンネル
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5月8日
知り合ったばかりの人達と過ごしている。
これからも、新しく色々な人と知り合うだろう。
元からの知り合いも、フルネーム(漢字、またはアルファベットの綴り)
が分かるか分からないかというレベルだ。

周りがゼロから自分を見ているという事は、プレッシャーだ。
今、何かおかしな失敗すれば、
「らしくない失敗したね」ではなく
「そういう失敗をする人」として認識される。

私がどう頑張る人間なのか
どう受け入れる人間なのか
どう怒る人間なのか
どう落ち込む人間なのか
食の好みも
服の好みも
考え方も
まだ知られていないし
私だって周りの人達を今ある材料で見ている。

時間が解決してくれる事だけれど、その中にいる今は、長く感じる。

この時期の新社会人や疎開した被災者もそうだろうな、と思うと
ついつい自分の事は「どうでも良い事」のように感じてしまう。
行動の自粛よりも、このような心の自粛が今後人々を苦しめなければいいなと思う。
被災者に比べればマシだというのは当たり前。
こんな事態だから、基準が変わるのも仕方がない。
原発作業員の被曝線量上限値だって変わるくらいだ。
でも、何でもかんでも被災者よりもマシだと思うと
全ての問題はなかった事にされてしまう。
確かに、甘えている人にはもう少し考えろといつもより強く言いたい。
(自分にその資格があるかという話は別として。)
しかし、被災者をゼロ地点だと考えるのは間違いだ。


・・・・・暗っ。
なんだ一体、この暗さは。
最近嫌だなあ。
日本の消費とサービスの歯車に圧迫されて苦しかったのから
一時離れられているというのに、
まるで新しい問題を見つけるために生きているみたい。

今、久しぶりに音楽を聴いたら、気分ががらりと変わった。
私は、文章を書く時も、勉強する時も、話をする時も
音楽を聴きながらというのが苦手。
だから音楽を流しっぱなしにするという事があまりできない。
それに日本にまみれたくなくて日本の音楽は聴かないようにしていた。
でも、トンネルに入ったら電気を点ければいい、という事だ。
もう少し暗い中を歩いてみようと思う時もあるけれど。


俺は〜車にウーハーを〜♪

散歩行って来よっと。



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by oyabing2002 | 2011-05-09 23:56 | フランスの日々paris



思う事、好きなもの、旅の記録。
by oyabing2002
プロフィール
生活を味わいながら
旅をするのが好きです。

2012年4月に
フランスワーホリから戻りました。

趣味はサッカー観戦
アーセナルサポです。
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